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東京高等裁判所 昭和57年(行コ)24号 判決 1985年6月24日

控訴人

織笠正喜

外二六名

右訴訟代理人

後藤昌次郎

高橋耕

小野幸治

被控訴人

通商産業大臣

小此木彦三郎

右指定代理人

小田機

外八名

主文

本件各控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

控訴人らは、「原判決を取り消す。本件を東京地方裁判所に差し戻す。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

控訴人は、次のとおり述べた。

一  行政処分性について

大規模小売店舗における小売業の事業活動の調整に関する法律(以下「大店法」という。)第七条第一項による変更勧告は、同法第八条による変更命令の前提行為としての性格を有し、変更勧告による調整によつて大規模小売店舗における小売業の営業活動の範囲を制限するという実体的効力を有するものである。この変更勧告が抗告訴訟の対象となる行政処分といえるかについては、行為の性質により一律に決めるのではなく、誰が争うか、争う理由は何かという紛争の利益状況に応じて同じ行為でも抗告訴訟の対象となるかどうかが異なつてくるという相対的な考え方を採用し、二つの面から考察する必要がある。第一は、同法第五条第一項による届出をした訴外ジャスコ株式会社のような大規模小売店舗業者からみた場合であり、第二は、控訴人らのような地元周辺中小小売業者からみた場合である。第一の場合には、変更勧告に対する抗告訴訟が認められなくても、その後の変更命令に対し抗告訴訟が認められれば、大規模小売店舗業者の権利の救済に支障がないから、右業者との関係では変更勧告について行政処分性を否定しても差し支えないかもしれない。しかし、第二の場合には、この関係は全く異なる。地元周辺中小小売業者の立場からみると、変更勧告に対する抗告訴訟が認められないときは、その司法救済が全く不可能になつてしまう。例えば、大規模小売店舗業者が変更勧告に満足してこれを受け入れた場合には、もはや変更命令は出されず、あたかも大規模小売店舗業者が変更命令を受けてそれに従つたのと同一の実質的効果があり、周辺中小小売業者にとつては変更勧告が最終的不利益処分となり、この段階で争訟の可能性が認められないと、その救済の実が上がらないことになる。いいかえれば、変更勧告は、周辺中小小売業者にとつてその「事業活動の機会」の範囲を終局的に決定する行為であり、単なる行政指導ではなく、変更命令を求める法的地位に影響を受ける行政処分といつてよい。そして、この変更勧告は、禁止状態を一定の範囲で解除し、実質上その営業を許可する行政処分である。すなわち、大店法は、第三条第二項の公示がなされた日から七月を経過する前及び同法第五条第一項の届出に係る開店日前の大規模小売店舗における小売業の営業活動を一律に禁止しているが、その間に変更勧告が行われることによつて、変更勧告によつて認めた店舗面積等の範囲で大規模小売店舗における小売業の営業活動の禁止が解除され、営業が自由であることが確定することになる。変更勧告が禁止の解除としての性質を有する行政処分であることは、勧告期間が原則として四か月以内に限られていること(大店法第七条第一項)、変更勧告をしないことを決定したときは、その旨を、届出をした大規模小売店舗業者に通知する制度を採つていること(同条第四項、第五項)など、営業活動の禁止による不利益をできる限り最小限に制限する配慮を示していることからも、十分推認できるところである。以上の意味で、変更勧告は、学説のいう相対的行政処分である。このような変更勧告の性質に鑑みると、大店法第五条第一項による届出がなされた後、同法第七条第一項による変更勧告又は同条第四項による決定がなされないまま、四か月(同条第三項の規定による期間の延長がなされたときは、その延長期間)が経過した場合は、変更勧告がなされない旨の黙示の行政処分がなされたものとみるべきである。

なお、変更勧告が単なる行政指導でないことは前述のとおりであるけれども、学説上、行政指導そのもの又は行政指導に従わなかつたことが、法律上次の処分の要件となつているときは、その取消しを求めることができるとの見解が有力であり、したがつて、この見解によつても、大店法上、変更勧告はその存在そのもの又はそれに従わなかつたことが次の変更命令の要件になつている以上、変更勧告の取消しを求める抗告訴訟を認めるべきである。

二  原告適格について

大店法第一条によれば、周辺の中小小売業の事業活動の機会を適正に確保し、小売業の正常な発達を図ることが第一次的目的であり、国民経済の健全な進展に資することは究極的目的である。そして、消費者の利益の保護は配慮要因であつて、大規模小売店舗における小売業の事業活動を調整することは手段である。すなわち、この法律は、大規模小売店舗の事業活動をその自由に任せずに調整することにより、こうした制度がなければ奪われるであろう周辺の中小小売業の事業活動の機会を適正に確保しようとするものであるから、この法律のシステムは、大型店と周辺中小小売店の利害対立について行政が周辺中小小売業の利益のために介入するものである。行政、大型店、周辺中小小売店の関係は、三者の利害が対等に対立するいわゆる三角(三面)関係であり、行政が大型店を規制するだけの二面関係では決してなく、周辺中小小売店のもつ利益は、行政の追及する公益の反射的利益にすぎないというわけではない。この意味において、大店法は、中小企業保護政策としての規制立法であり、大型店の周辺中小小売店に及ぼす影響は、小売商業調整特別措置法のいう小売市場とは比較にならぬ程大きいといわなければならない。しかも、大店法の調整システムでは周辺中小小売店の参加する広域商業活動調整協議会で実質的な調整が行われることになつており、周辺中小小売店は大店法の定める変更勧告・命令に対し実質的な参加権を認められているから、周辺中小小売店の利益が法律上保護されていないということはできない。したがつて、違法な変更勧告によつてその利益が害されるときは、周辺中小小売業者は、自己の権利ないし法的地位の救済を求めて、変更勧告の取消しの訴えを提起することができるものというべきである。

大店法上周辺中小小売業者に変更勧告を求める申請権や異議申立権が認められていないことは、原告適格を認定する何らの妨げとなるものではなく、通商産業大臣が昭和五四年六月二〇日大店審決定に係る「大規模小売店舗における小売業の調整のための審査方法について」で定める、詳細かつ具体的な審査基準による結論を合理的な理由もなく踏み外したときは、裁量権の逸脱として司法審査の対象になることは、当然の理である。のみならず、変更勧告は、後述するように、営業の許可に極めて近い制度であるから、これにより権利が害される周辺中小小売店に対しては、小売商業調整特別措置法に関する下級審の判例(大阪高裁昭和四一年六月三日決定、大阪地裁堺支部昭和四一年九月七日判決等)の趣旨に照らし、変更勧告の取消しを求める法律上の利益を肯定すべきである。

三  訴えの利益について

大店法は、旧百貨店法(昭和三一年法律第一一六号)が通商産業大臣の許可を条件として百貨店業を営むことができるとしていたのを改め、事前届出制を採用したものであるが、かかる改正については、立法過程において中小小売団体から強い抵抗があり、通産省は国会における各政党の動向等に鑑み、事前届出制を採る原案に事前審査制を盛り込む手直しを行い、漸く大店法が国会において成立をみたのである。この事前審査制の導入によつて通常の届出制より重みのある制度となり、変更勧告の適切な運用により従来の百貨店法とほぼ同様な規制が期待できることになつた。したがつて、変更勧告を柱とする事前審査制は、むしろ許可制に近い性格のものといつてよく、変更勧告が変更命令と有機的に結合し、一体となつて運用されることにより、変更勧告自体が事前審査の核心をなし、事実上権力的な執行性をもつ行政処分となつた。さればこそ第七一回国会の衆議院商工委員会において通産省の当局者は、変更勧告に対する抗告訴訟を肯定しているのである。しかるに、原判決は、本件変更勧告を取り消しても、営業の届出の日から八月以上経過している現在、被控訴人において更に厳しい内容の変更勧告を発する余地がないことを理由に本訴は訴えの利益を欠くと判示している。しかし、このように解すると、変更命令についても、すべて訴えの利益なしとして却下されることにならざるを得ない。変更命令については、被控訴人も行政処分性を認めており、したがつて、変更命令に対する取消判決があれば、通産大臣は、新たに変更命令を発することになるのは、自明の理である。同様に、変更勧告に対する取消判決があれば、右判決確定の日から四月以内に、新たな変更勧告を発すればよく、原判決の論理は到底賛成しがたい。

被控訴人は、次のとおり述べた。

一  行政処分性について

いわゆる変更勧告は、それ自体直接国民の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものではないから、行政処分ではない。けだし、変更勧告を受けた大規模小売店舗業者が右変更勧告に従うか否かは、全く任意であるからである。このように、名宛人である大規模小売店舗業者に対してすら行政処分でないものが、周辺中小小売業者にとつて行政処分となるということはあり得ず、そもそも変更勧告は、いかなる意味においても、周辺中小小売業者の権利義務を形成し、又はその範囲を確定するものではない。控訴人は、一部の学説に従い、相対的行政処分なるものを主張するようであるが、同一の行為でも、これを争う者又は理由によつて、行政処分性を有したり、有しなかつたりするとの前提自体が、伝統的な行政処分性概念と相容れない、試論の域を出ないものである。そして、右の考え方は、訴訟の対象となるべき行政処分の範囲を拡大しようとの意図のもとに行政処分性の問題と原告適格ないし訴えの利益の問題とを不当に混同し、前者の問題を後者の問題に解消させることにより行政処分性について要求される要件を免れようとするものにほかならない。

控訴人らは、変更勧告が営業活動の禁止の解除としての性格を有するとして、るる主張するけれども、変更勧告の内容に抵触しない範囲であつても、調整の公示から七か月間及び届出に係る開店日の前は営業開始等が禁止されているのであつて、営業開始等の制限期間は短縮されないし、大店法では営業活動の自由という原則を採りながら、変更勧告という事実行為としての行政指導がなされる可能性がある状態を無期限に保つことは届出をした者を不安定な状態に放置することとなつて不当となるため、変更勧告の期間を限定したのであり、大店法第七条第四項の変更勧告をしない旨の決定通知も、調整期間短縮の効果をもたらすだけで、前記禁止の解除ではない。前述のように、変更勧告に従うか否かは、相手方の自由に委ねられており、相手方がこれに従わなかつたからといつて、必ず同一内容の変更命令が発せられるわけではない(大店法第八条第一項参照)。したがつて、店舗面積を一部削減すべき旨の勧告がなされても、これが実質的に一部不許可の処分と同一であるなどということは到底いえないのである。更に、営業の届出を受理した日から四か月以内に変更勧告がなされなかつた場合に、変更勧告がなされない旨の黙示の行政処分があつたと考える何らの法律上の根拠もない。控訴人らの主張は、処分性のない変更勧告について、処分性があるかのように強弁するための方便にすぎない。のみならず、控訴人らは、届出に係るジャスコ株式会社分の店舗面積(七、五〇〇平方メートル)を六、三九〇平方メートル以下まで認めた部分の取消しを求めているが、既に述べたように、営業の届出に対しその一部ないし全部を許可ないし認めるということはない。右勧告は、店舗面積が六、三九〇平方メートルを超える部分を削減すべき旨の勧告であつて、それ以下の店舗面積については、何ら触れていないのである。してみると、本件において、控訴人らの主張するような「店舗面積を六、三九〇平方メートル以下まで認めた」変更勧告などは存在しないものというべきである。

二  原告適格について

およそ小売業の営業は、法令による制限のない限り、自由であり、大店法のもとにおいても、大店舗内の小売業の営業については、事前に届出義務が課せられているものの、原則として自由であるので、大店法は、直接個々の周辺中小小売業者に対し個別・具体的な利益を付与したものではない。控訴人らは、大店法の解説(甲第三号証)の中の「大規模小売店舗法の目的」の部分及び大店法第七条第一項に規定する通商産業大臣の審査に当たつての考慮事項をとらえて、変更勧告は中小小売業者の事業活動に相当影響を及ぼす場合にのみなされるのであり、その判断に誤りがあれば、それの是正を求める権利が周辺中小小売業者に留保されていると主張するけれども、大店法第一条の目的は、「その周辺の中小小売業の事業活動の機会を適正に確保し、小売業の正常な発達を図り、もつて国民経済の健全な進展に資する」との公共の福祉の達成という観点から、大店法に基づく調整が行われることを明示しているのである。また、大店法は、右公益上の目的から、本来自由である大店舗における小売業の事業活動を調整するため、事前届出、変更勧告及び変更命令という制度を採用したものであつて、原判決が説示したとおり、変更勧告の内容をどのように定めるかは通商産業大臣の裁量に委ねられ、その判断基準も広範かつ抽象的であり、個々の周辺中小小売業者に対して、一定の要件に合致した場合には、一定の内容の変更勧告が出されるという利益を享受しうる地位を具体的に保障したものではない。したがつて、変更勧告は、周辺中小小売業者の具体的権利又は法律上保護された利益を侵害するものではないから、変更勧告の是正を求める権利が周辺中小小売業者に留保されている旨の控訴人らの主張は、失当である。

三  訴えの利益について

変更勧告及び変更命令の制度は、事前届出制のもとにおいて、大型店の進出に対する中小小売業者の円滑な対応を可能にするという法目的を実現するために採用されたものであり、事前届出という原則を何ら変更していない。小売業の営業は、前述したように、法令による制限のない限り、自由であり、大店法のもとにおいても、このことは、全く変らない。許可制と届出制は、その考え方において根本から違うのであり、大店法は許可制に近い制度を採用してはいない。ただ大店法は、公共の福祉の達成という目的から必要に応じて強制的に調整することもできる法体系を採用しているにすぎない。控訴人らは、変更勧告と変更命令とは有機的に結合し、一体となつて運用され、変更勧告自体が事実上権力的な執行性をもつ旨主張するけれども、既に述べたように、変更勧告については、これに従うべき旨を定めた規定もなく、これに従うかどうかは相手方の任意に委ねられており、変更命令に予定されているような違反者に対する営業停止命令や刑罰の制裁もない。変更勧告に従わない場合に変更命令を発することはできるが、常に発せられるとは限らないし、ましてや変更勧告と同じ内容の変更命令が発せられるとは限らない。控訴人らは、届出から四か月を経過していても、本件訴訟において本件変更勧告が取り消された場合には、その判決が確定した日から四か月以内であれば、新たな変更勧告をなしうる旨主張するけれども、立法論としてはともかく、解釈論としては成り立たない。

第三  証拠<省略>

理由

一江釣子ショッピングセンター協同店舗株式会社(代表取締役高橋祥元)が大店法第三条第一項の規定に基づき昭和五四年三月二〇日被控訴人に対し店舗面積の合計が一、五〇〇平方メートル以上の鉄筋コンクリート造地上三階建塔屋付一棟の建物を岩手県和賀郡江釣子村北鬼柳一九地割四九番地外に新設する旨の届出をし、被控訴人が右届出に基づき同条第二項の規定による調整の公示をしたこと、右店舗(大店法にいわゆる第一種大規模小売店舗)で小売業を営もうとするジャスコ株式会社(以下「ジャスコ」という。)及び地元テナントは、大店法第五条第一項の規定に従い、同年九月一二日被控訴人に対し右店舗内で小売業を営む旨、開店日は昭和五五年一〇月一日、その店舗面積は前者が七、五〇〇平方メートル、後者が六、〇〇〇平方メートルである旨の届出をしたこと、被控訴人は、江釣子村広域商業活動調整協議会の意見を踏まえた大店審東北第一地方部会の答申に基づき、昭和五五年一月一二日ジャスコに対し、同日付け五五仙通産第一四四号をもつて、①届出に係る店舗面積を六、三九〇平方メートル以下とすること、②届出に係る開店時刻(午後六時三〇分。ただし、年間一二〇日を限度として午後七時)を午後六時三〇分以内とすること、ただし、年間六〇日以内に限り午後七時以前とすることは、差し支えない旨の変更勧告をした(なお、地元テナントは、前記答申の内容に従つて店舗面積を五、一一〇平方メートルに変更したため、これに対しては変更勧告はなされなかつた。)ことは、当事者間に争いがない。

二控訴人らは、右変更勧告のうち届出に係るジャスコの店舗面積を六、三九〇平方メートル以下まで削減すべきことを勧告した部分は周辺中小小売業者である控訴人らの権利ないし法的地位を侵害する違法な行政処分である旨主張し、これに対し被控訴人は、右変更勧告は行政処分ではなく、周辺中小小売業者にすぎない控訴人らはその取消を求める訴えの利益もないから、原告適格を有しない旨主張するので、次に検討する。

(一)  行政処分性について

大店法の主要な規定の内容については、原判決三六丁裏一〇行目から同三九丁裏三行目まで(理由二1(一))を引用する。

大店法第七条第一項による変更勧告は、同法第八条第一項の規定から明らかなように、その勧告の相手方に勧告に従うべき法律上の義務を生じさせるものではないから、勧告を受けた相手方は、変更勧告自体によつて、法律上の不利益を受けるものではないと解される。もつとも、右変更勧告に従わなかつた相手方に対しては、同法第八条第一項に基づく変更命令が発せられる可能性があり、右変更命令自体は、これを受けた相手方の法律上の地位に影響を及ぼす不利益処分であることが明らかであるが(同法第一八条参照)、変更勧告に従わなかつた相手方に対して必ず変更命令が発せられるという建前にはなつておらず、変更命令を発するか否かは、通商産業大臣が、変更勧告を発する場合の要件よりもより厳しい要件(同法第七条第一項の事態の発生のほか、周辺の中小小売業の利益が著しく害されるおそれの発生)の有無を、大規模小売店舗審議会等の意見を聴いて判断した上、これを決するものとされているのである。

そうだとすると、変動ママ勧告を受けたことによつて、相手方の地位に生ずる変化は、これを受ける以前に比し変更命令を受ける蓋然性がより大きくなつたというにとどまるものであつて、このような地位の変化をもつて、法律上の地位に変動が生じたということはできず、右の変化は、未だ事実上の影響にとどまるものというべきである。したがつて、変更勧告は、法令に直接規定のない単なる行政指導とは異なるけれども、さりとて相手方に対する行政処分といえないと解すべきである。

ところで、控訴人らは、右変更勧告が同法第八条による変更命令の前提行為としての性格を有し、かつ、変更勧告による調整によつて大規模小売店舗における小売業の営業活動の範囲を制限するという実体的効力を有し、他面右制限のもとに営業の禁止を解除して実質上営業を許可する性質があるとの理由で、右変更勧告が抗告訴訟の対象となる行政処分といえるかについては、行為の性質により一律に決めるのではなく、誰が争うか、争う理由は何かという紛争の利益状況に応じて相対的に判断すべきであり、かかる見地に立つときは、右変更勧告は、周辺中小小売業者に対しては行政処分と解することができ、特に、大規模小売店舗において小売業を営もうとして同法第五条第一項の規定による届出をした者が変更勧告に満足してこれを受け入れると、変更勧告が周辺中小小売業者にとつて最終不利益処分となり、周辺中小小売業者は著しい不利益を受け、救済されない旨主張するが、そもそも小売業を営むこと自体は、本来、公共の福祉に反しない限り自由な筈(営業の自由。なかんずく、商業は本質的にその要請が強い。)であつて、ただ大店法は、大規模小売店舗における小売業の事業活動を調整することにより、その周辺の中小小売業の事業活動の機会を適正に確保し、小売業の正常な発達を図ることが国民経済の健全な進展に資し、公共の福祉に適合するゆえんであるとの考えのもとに、大規模小売店舗における小売業の営業を適正な法的手続の保障の下に一定の限度で制限したものにほかならず、制限以外の部分は元来自由であつて、ただ右制限を実現するための調整、すなわち勧告・命令に要する期間だけ同法第四条一項により一時的に営業が禁止されるにすぎないから、変更勧告が周辺中小小売業者にとつて、大規模小売店舗の営業禁止の解除ないし実質上の営業許可として、行政処分となると解することはできない(一般論として、相対的行政処分なる考え方は、試論の域を出ない学説である。)。そして大店法は、同法第一条、第七条、第八条、第一一条等により周辺中小小売業者の利益は右調整の中に反映されるので、これに期待し、それ以上積極的に右業者の利益を確保するための具体的規定をおかなかつたものと考えられる(後記(二)参照)。もつとも、運用を誤まると、変更勧告を受ける相手方と変更勧告の衝に当たる者とが一致した意見のもとに、相手方に著しく有利で、かつ、周辺中小小売業者に著しく不利益な変更勧告を発せしめ、又は何らの勧告もしないなどの事態が起こる可能性がないとはいえないが、それは同法解釈の次元を超えた問題である。

なお、控訴人らは、行政指導に関し、行政指導そのもの又は行政指導に従わなかつたことが法律上次の処分の要件になつているときは、その取消しを求める訴訟を提起できると解すべきであると主張するけれども、独自の見解であつて、到底採用することができない。

(二)  原告適格及び訴えの利益について

控訴人らは、大店法第一条の規定の趣旨に照らし、周辺中小小売業者の利益が行政の追及する公益の反射的利益にすぎないものではないこと、周辺中小小売業者は広域商業活動調整協議会に参加して調整を受けられることなどを根拠に、周辺中小小売業者の利益は個別、具体的に保障されているとし、その利益が違法な変更勧告により侵害されるときは、周辺中小小売業者は、自己の権利ないし法的地位の救済を求めて変更勧告の取消しの訴えを提起することができる旨主張するけれども、控訴人らの右主張は、次に述べる理由により採用することができない。すなわち、大店法第七条第一項は、変更勧告に際し、審査の対象とすべき事項として、周辺の人口の規模及びその推移、中小小売業の近代化の見通し、他の大規模小売店舗の配置及び当該他の大規模小売店舗における小売業の現状等の事情を掲げているが、それは、行政的に把握される集団的事情を超えて、個々の周辺中小小売業者の営業の実態等について配慮することまで要求しているものとは解されないし、また周辺中小小売業者に対し変更勧告の申請権ないし異議申立権を認める等積極的、具体的な利益確保の規定も存在しないところから判断すれば、周辺中小小売業者の変更勧告によつて受ける利益は、同法所定の調整に委せられ、その限度で守られるものとして取扱われているものと解され、それ以上の権利ないし法的地位として位置づけられていると解することはできない。

そうだとすれば、周辺中小小売業者である控訴人らは、本件変更勧告の取消を求める当事者適格を有しないものというべきである。

ところで、大店法が旧百貨店法の廃止に伴い制定された法律であることは、当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、大店法は、旧百貨店法が通商産業大臣の許可を条件として百貨店業を営むことができるとしていた制度を改め、事前届出制を採用すべく立案されたが、右改正の過程において中小小売団体から強い抵抗があり、通産省は国会における各政党の動向等に鑑み、事前届出制を採る原案に事前審査制を盛り込む手直しを行い、これにより漸く大店法が国会において成立をみるに至つたこと、旧百貨店法を廃止し、大店法を制定するに至つた理由は、消費者利益の確保との関連において流通近代化が経済政策の主要な柱となつたこと、百貨店以外の大規模小売店(例えば、月賦百貨店、スーパー等)が各地に多数出現し、それが旧百貨店法の適用を受けないため各地において地元小売店との間でトラブルを起こし、従来の百貨店との比較均衡の問題を起こしたことなど、小売業を取り巻く諸情勢が時代とともに変化し、新たな観点に立つ百貨店法の見通しが必要となつたからであること、大店法の主要な狙いは、前述のように、許可制を事前届出制に切り替えることにあるが、大規模小売店舗の周辺の中小小売業者の不安を回避するため、基準面積以上の大型の小売店舗の新増設については、届出、勧告、命令という一連の手続を慎重に運用することにより必要な調整をし、許可制に代わる、ほぼ同様な実際的効果を挙げることを期待したことが認められる。

控訴人らは、右のような大店法制定の経緯に照らし、変更勧告が変更命令と有機的に結合し、一体として運用されることにより、変更勧告自体が事実上権力的な執行性をもつ行政処分となり、周辺中小小売業者に著しい損害を与える場合があるから、これが取消しを求めることができると解すべく、国会答弁等において通産省の当局者もこのことを肯定している旨主張し、一部書証中に右主張に沿うがごとき資料も散見され、当審における控訴人株式会社小清呉服店代表者小笠原直敏の本人尋問の結果もその趣旨を強調するけれども、変更勧告が行政処分でないこと、控訴人らがその取消し訴訟につき原告適格を有しないことは、先に説示したとおりであるから、控訴人らの右主張は、これを採用する余地はない。なお、変更勧告の期間制限の点からする訴えの利益の有無については、判断を要しない。

以上のしだいで、本件変更勧告は行政処分ではなく、控訴人らはその取消しを求める原告適格、利益を有しないから、控訴人らの本件訴訟は、その余の点を判断するまでもなく、不適法として却下を免れず、これと同趣旨の原判決は、正当であるといわなければならない。

三よつて、控訴人らの本件各控訴は、理由がないから、棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九三条第一項、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(小堀勇 吉野衛 山﨑健二)

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